山車まつりの歴史

当地方の祭文化

津島市は祭の多い町です。初夏5月には天王川公園の藤棚で「藤まつり」が行われ、夏季7月下旬には車楽を舟に乗せて川を渡る「尾張津島天王祭」が行われます。そして、秋季10月初旬には山車(16輌)、石採祭車(4輌)、神楽(21基)が町なかを巡行する「津島秋まつり」が行われ、いずれも期間中は大いに賑わいます。

津島秋まつりは、大正15年(1926年)に津島神社が県社から国幣小社に昇格したのを奉祝して、七切祭、向島祭、今市場祭、石採祭が合同で行われるようになりました。それ以前は別々の日にそれぞれの氏神様で祭が行われていました。津島市が昭和30年(1955年)に神守村と合併し、翌31年に神島田地区と合併した後は、市内全域で山車、石採祭車、神楽の祭が同日に行われるようになりました。

現在、津島秋まつりは10月第1日曜日とその前日の土曜日に行われています。

津島秋まつりの特徴

車切(しゃぎり、しゃんぎり)
辻ごとに車に前部を担ぎ上げて何十回も回し続けます。
からくり人形
全ての車にからくり人形が載せられており、すべての人形が動きます。
津島型の山車
上層四本柱の下に基壇がある。基壇高欄と下段高欄が四方を取り巻いている。
七切のまつり

氏神:市神社

張州雑志巻75に、「8月15日に祭礼があり、車7両練物等あり、米之座、於之座、池之堂、麩屋町、布屋町、北口、高屋敷。正徳元年(1711年)笹に提灯をつけ傘鉾等を出し、これを初めとす。」という記述があり、当時は練物(仮装行列様のもの)が付き物であったようです。今でも小之座を除く6車は毎年奉納しています。
参考文献:「張州雑誌第75巻」
その中の「津嶌 市神祭図畧」は天明元年(1781年)に書かれたものです。
  • 北口(北町)

    北口(北町)
  • 米之座

    米之座
  • 高屋敷

    高屋敷
  • 池之堂(池町)

    池之堂(池町)
  • 麩屋町

    麩屋町
  • 布屋町

    布屋町
  • 小之座(小野座、於之座、苧之座)

    小之座(小野座、於之座、苧之座)
「尾張年中行事絵抄」(高力種信が文政一三年(1830年)に著わす。)
上の絵図から約50年後のまつりの様子です。
  • まつりの様子
  • まつりの様子
  • まつりの様子s
今市場のまつり

氏神:大土社

張州雑誌巻75には、今市場氏神である土ノ御前社(大土社とも言う)8月2日の祭礼日には東ノ切、中ノ切、西ノ切の3車が出てたと記録されています。現在は朝日車、小中切車、大中切車といいますが大中切車を除く2車が氏神様に奉納します。
参考文献:「張州雑誌第75巻」
  • 東ノ切

    東ノ切
  • 上ノ切

    上ノ切
  • 中ノ切

    中ノ切
向島のまつり

氏神:居森社

向島祭には上之町車、中之町車、馬場町車の3車が出ます。3車の墨書等の調査によって、上之町の山車は文化7年(1810年)の建造であること、中之町の山車は文政年間(1818〜1830年)に下段高欄と基壇が造られていること、馬場町の提灯箱の墨書は寛政11年(1799年)が最も多い等の歴史が知られています。
神守のまつり

憶感神社、穂歳神社

神守祭は、上町車、中町車、南町車の3車が出ます。宝暦5年(1755年)の尾陽村々祭礼集には8月17日の祭礼日の夜に3車が出たという記録があります。神守3車は他の津島山車に比べて大型で、太鼓も大きいなどの特徴があります。