山車図鑑

朝日町車

山 車
他の山車と同様に、唐破風屋根、四本柱、基壇には彫刻が施され金箔仕上げです。大正十三年(1924)に天野仏壇店(中島郡平和村)にて金箔を修復したとの墨書があります。
からくり
朝日町山車のからくりは「湯立神子」です。神子舞いと湯取りの神子二体、鼓打ち一体、笛吹き一体の四体で構成されています。四本柱内には鈴と扇を持った神子が立ち、その後方には笛・小鼓を囃す所作をする楽人二体が座っています。神子はお囃子に合わせ、神迎えの神子舞を舞うからくりです。前にせりだした出樋があり、その先端には湯立の釜が置かれ、後方には湯立神子が置かれています。両手に笹を持った湯立神子が出樋を前方の釜へと進みます。釜の前に立った神子は、両手の笹で湧き上がったお湯をまき散らします。すると、湯に模した紙ふぶきが釜から舞いあがるからくりです。

小中切車

山 車
山車の屋根は特徴ある「前後唐破風左右むくり破風」様式で、尾張や中部地方の山車では例がない形状です。
からくり
小中切車のからくりは能「高砂」に因む「住吉明神」です。四本柱内の神官人形が右手に舞扇を持ち、舞を披露します。その後、四方拝の礼をし、扇を開きます。高砂の「玉藻刈るなる岸陰の…」が謡われると、神官が後ろ向きになります。上体が前に折れ、瞬時に住吉明神の社殿に変化します。すると欄干と階段がせりあがります。その後、再び瞬く間に社殿から神官人形に戻ります。出棚には、両手に采を持った子どもの人形が置かれています。安政四年(1857)五代目玉屋庄兵衛作です。(写真は神官が住吉明神に変化したところ)

大中切車

山 車
大中切山車は寛政十二年(1800)におおよそ現在の山車構造になりました。
からくり
大中切車のからくりは、「翁と唐子遊び」です。四本柱の大将座には軍配を持った大将人形が座っています。基壇前には、太鼓が付いた雲台(うんだい)が一対置かれています。雲台をつなぐ橋がせり上がると、もう一方の雲台に立った唐子はその橋を渡り、太鼓のある雲台に移り、太鼓を打ち鳴らします。その時、大将人形は右手の軍配を上下に振ります。その後、唐子は再び橋を渡って戻るからくりです。出棚には神官が座っており、御幣でお祓いをします。近年、大中切山車は曳き出されないので、からくりを見ることはできません。